50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

50代から人生が動き出す人に共通する3つの考え方

「もう遅いんじゃないか」

 

そう思うことって、ありませんか?

50代になると、何かを始めようとするたびに、
年齢という数字が頭に浮かんでしまう。
そんな経験、僕にもあります。

 

今みたいに、非結核性抗酸菌症の治療だけじゃ
なく、帯状疱疹にまでやられてるわけで、
年齢のせいにして、いろんなことを制限
したくなってしまうこと、あるわけです。

 

若い頃のように体力があるわけじゃない。
失敗しても何度でもやり直せると思える
ほど、残された時間が長いわけでもない。
仕事や家庭での責任もある。

 

そう考えているうちに、やってみたい気持ち
があっても、そっと心の奥にしまい込んでしまう。
気づけば、そんなことの繰り返しだったりします。

 

でも、周りを見渡すと、50代から新しいことを
始めて、人生が動き出したように見える人もいます。

 

そういう人たちに共通しているのは、
才能でも、特別な環境でもなく、
たった3つの「考え方」だけなのかもしれません。


1つ目:「もう遅い」ではなく「まだ間に合う」と考える

人生が動き出すかどうかを決めるのは、
実際に残されている時間の長さではないと
思うんです。自分の中に「まだ間に合う」
という気持ちが残っているかどうか。
それだけなんですよね。

「もう遅い」と思った瞬間、
人は目の前にある可能性を探さなくなります。

新しい出会いがあっても、自分には関係ない
と思ってしまう。面白そうなことを見つけても、
「若い人がやることだから」と通り過ぎてしまう。

まだ開いている扉まで、自分の手で閉めてしまう。
そんなことが、僕らの中では静かに起きている
のかもしれません。

反対に、「まだ間に合う」と思えると、
見える景色が少しずつ変わってきます。
人生が動き出す人は、この最初の一歩の
踏み出し方が、少しだけ違うのだと思います。


2つ目:大きな決断より、小さな「やってみよう」を積み重ねる

人生が変わるのは、大きな決断をしたとき
だけじゃないんですよね。

小さな誘いに乗ってみようと思える
しばらく連絡していなかった人に、メッセージを送ってみたくなる
昔からやりたかったことを、少しだけ調べてみようと思える

こうした小さな「やってみよう」が
積み重なったとき、止まっていた時間が、
動き始めるんですね。

人生が動き出す人は、いきなり大きな一歩を
踏み出そうとしません。今日できる、小さな
一歩から始めているだけなんです。


3つ目:これまでの経験をもとに、大切なものを選び直す

50代は、若い頃と同じように生きる年代
ではないのかもしれません。

体力や勢いだけで突き進むのではなく、
これまでの経験を持って、自分にとって
本当に大切なものを選び直す年代です。

遠回りした経験も、失敗した記憶も、
迷い続けた時間もある。だからこそ、
自分に合わないものや、心から望んでいないものが、
確実にわかるようになっている。

それって、若い頃には持っていなかった、
大きな力なんじゃないかと思います。

人生が動き出す人は、この「選び直す力」を、
ちゃんと自分のために使っているのだと思います。


まとめ:「何でもできる」じゃなくていい

「何でもできる」と思う必要はありません。
「今からでも、できることはある」
そう思えれば、それで十分。

人生をもう一度動かすために、
立派な計画は必要ありません。

「もう遅い」ではなく「まだ間に合う」と考える
大きな決断より、小さな「やってみよう」を積み重ねる
これまでの経験をもとに、大切なものを選び直す

この3つの考え方さえあれば、
今日からでも十分なんだと思います。

『あなたにしか伝えられないメッセージは何ですか?』ハッピーライティングマラソン#64

 

本田健さんがやってるハッピーライティングマラソン

今回のお題は

『あなたにしか伝えられないメッセージは何ですか?』

 

note.com

 

です。

自分だけのメッセージって言われると、
そんなのあるのかな?
と思ってしまいませんか?

 

少なくとも私はそう思ったんです。

 

だからこそ、すぐに答えを出すことが
できませんでした。

 

そして、これまでの人生を思い出してみたんです。

長年、IT業界で責任を背負い、期待に応え、
忙しく働いてきました。一方で50代になり、
体調の変化や残された時間を意識するように
なった。それが今までの私。

 

そんな私は、誰かに教える立ち位置に立つのは
なんか違うよねぇ、と思っています。

 

とはいえ、これまで学んできたことを
私なりの言葉で伝えることはできそう、
そう感じました。

そう考えて、今回のお題に対する回答は

 

「人生後半は、正解を追いかける人生から、
 自分の納得を生きる人生へ。」

 

ってことかなと思います。

これが今の精一杯かな。

 

そして、発信することは変わっても良いんだと
いうことも書いておきたいと思います。

 

人は、意見が変わるもの。
そして、時代に伴い常識でさえ変わるもの。

 

その中で変わらないメッセージを発信しようと
すること自体、かなり無理があると思うのです。

 

もちろん、時代が変わっても普遍的なメッセージ
というものはあるでしょう。

ですが、多くの人にとってそこを目指す必要は
ないんじゃないでしょうか?そこまで無理を
しなくても、あなたにも発信できることがある。

そう思うのです。

 

前兆を見逃さないで。電気シェーバーと帯状疱疹が教えてくれたこと

何かおこる前兆を感じたこと、ありませんか?

 

実は先日、いきなり電気シェーバーがぶっ壊れました。

使い始めてから3年ほどが経過していましたが、
剃り味も良かったし、気に入っていました。

 

ただ、最近、電源を入れても動かない時が
あったんです。それでも、充電器に置けば
電源が入ったので、油断してしまったようです。

 

そうなってから1週間ほどで、
完全に電源が入らなくなってしまいました。
新しいモノは、その日のうちにアマゾンで
発注したので、髭剃り生活に支障は出なかった
のですが、モノがいきなり壊れると困りますよね。

 

実は、去年は長年使った扇風機を買い替える
はめになったんですが、あの時も風量「弱」が
使えなくなったんですよ。

 

こういう、モノが壊れる時の前兆って、
比較的わかりやすいですよね。
それでも、できるだけ長く使おうとして
壊れて動かなくなるまで待ってしまうこと、
ありませんか?

 

前兆を認識していても、それを活かせるか
どうかは、自分次第ですね。

 

 

そして、帯状疱疹についても、今思えば
数年前から前兆のようなものがありました。

 

私の場合、夏になると両腕の肘の内側が
かゆくなっていたのです。植物にかぶれたり
することもなかった私。あせもすら出なかった
ので、この痒みは何だろう?と不思議に思って
いただのです。あの時、帯状疱疹を疑っていれ
ば、今の痛みを回避することが出来たのかも
しれません。

 

あなたも、前兆を見逃してしまったこと
ありませんか?

会いたい人に会い、行きたい場所へ行く。それが人生後半の宿題だと思う

若い頃は、「いつか」という言葉を、気軽に使っていた気がします。

 

いつか、あの人に会いに行こう。
いつか、あの町を訪ねよう。
いつか、時間ができたら、ゆっくり話そう。

 

その「いつか」は、どこまでも続く未来のどこかにあるように思えていました。会おうと思えばいつでも会える。行こうと思えばいつでも行ける。そんな、根拠のない安心感があったんですよね。

 

でも、人生の後半に差しかかると、この「いつか」の意味が少しずつ変わってきます。

- 自分の体が、いつまでも自由に動くとも限らない
- 会いたい人が、いつまでもそこにいるとは限らない
- 懐かしい場所も、記憶の中と同じ姿で待っていてくれるとは限らない

 

身体が思うように動かないというのは、若いうちはケガや病気くらいでしか経験しえないでしょう。でも、50代になると、普通になってきます、悲しいことに。このことで、人生の終わりが見えてきます。時間が無限じゃないということを、頭ではなく「実感」として知るようになる。これが、人生後半に差しかかるということなのかもしれません。

 

 「落ち着いたら」は、なかなかやってこない

仕事が落ち着いたら。
子どもが大きくなったら。
もう少しお金に余裕ができたら。
体調がよくなったら。

 

私たちは、行動しない理由をつくるのが本当に上手です。

もちろん、今日を生きるために優先しなきゃいけないことはたくさんあります。責任を放り出して、好きなことだけしていればいいという話ではありません。

ただ、「落ち着いたら」と先送りしているうちに、状況がすっかり整う日なんて、永遠に来ないんじゃないか。最近、そう思うようになりました。ひとつの問題が片づけば、また別の用事が現れる。それが暮らしというものだから。

だからこそ人生の後半では、時間ができるのを待つのではなく、自分の手で時間をつくる必要があるのだと思います。

 

会いたい人に会うための一日。
行きたい場所へ行くための数日間。

 

それを「余裕があればすること」ではなく、先に人生の予定として入れてしまう。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、それくらいでちょうどいいのかもしれません。

 

 会いたい人には、会えるうちに会う

久しぶりの人へ連絡するのって、地味に勇気がいりますよね。

何年も連絡していないのに、いきなり連絡したらどう思われるだろう。忙しいんじゃないか。話すことが見つからず、気まずくなるんじゃないか??そんなことを考えて、結局連絡しないまま終わることもよくあります。でも実際に必要なのは、案外、短い一言だけだったりします。

 

> 「久しぶり。ふと顔が浮かびました」
> 「元気なうちに、また会いたいと思っています」
> 「近いうちに、お茶でもどうですか」

 

立派な理由なんてなくていい。「会いたいと思ったから」で十分なんです。

実際に会えば、昔のように話が弾むこともあれば、流れた時間の長さをしみじみ感じることもあるでしょう。それでもいいと思います。会わないまま想像し続けるより、今のその人に会えたという事実のほうが、ずっと大切だから。

 

人との関係は、いつまでも同じ形では続きません。だからこそ、そのときにしか交わせない言葉があります。感謝も、謝罪も、懐かしい思い出話も、相手が目の前にいるうちに伝えたい。そう思っています。

 

 行きたい場所へは、動けるうちに行く

旅についても、同じことが言えます。人生の先輩に聞くと、60代には飛行機がつらくなるそうです。だから、遠い国じゃなくてもいいんです。ずっと気になっていた隣町の喫茶店でも、子どもの頃に暮らした町でも、もう一度見たい海でもいい。行きたい場所というのは、単なる観光地じゃないんですよね。そこには、自分の心が置き忘れてきた何かがある、そんな気がします。

 

- 昔の自分に会える場所
- 大切な人の記憶が残る場所
- まだ知らない自分を発見できる場所

 

旅に出ると、自分が毎日いる場所を、少し離れたところから眺められます。暮らしの中では大問題に見えていたことが、意外と小さく感じられることもあるものです。

そして何より、「行ってみたい」を「行ってきた」に変える喜びがある。

人生の満足って、手に入れた物の数よりも、「やってみた」という記憶の数で決まるのかもしれないな、と最近思います。

 

人生後半の宿題

人生の前半には、社会から与えられる宿題がたくさんありました。

勉強すること。
働くこと。
生活の基盤をつくること。
誰かを支え、責任を果たすこと。

では、人生後半の宿題は何でしょうか?

 

私は、自分の心に残っている「会いたい」と「行きたい」を、ひとつずつ叶えていくことなんじゃないかと思っています。それは大きな決断でなくていいんです。

 

- 連絡先を探してみる
- 予定を一日空けてみる
- 切符を予約してみる
- 歩ける距離から出かけてみる

 

宿題は、始めなければいつまでも残ります。でも、ひとつ終えるたびに、胸の奥にあった小さな後悔が消えていく。そんな感覚があります。

 

人生の終わりに残したくないのは、「失敗した記憶」よりも、「本当はしたかったのに、しなかった」という思いなんじゃないでしょうか。

 

会いたい人には、会いに行く。
行きたい場所へは、行ってみる。

 

完璧なタイミングを待たなくていいんです。元気いっぱいじゃなくても、十分な余裕がなくても、今できる形で動けばいい。

 

「いつか」を「今度」に。
「今度」を、具体的な日付に。

 

人生後半の時間は、失われていくばかりのものじゃありません。何を大切にするかを、自分で選び直せる??そんな静かで自由な時間でもあるはずです。

残された時間を数えるのではなく、会えた人と、訪ねた場所を数えていきたい。

それがきっと、これからの人生を悔いなく生きるための、僕らの宿題なのだと思います。

 

あなたは「いつか」と言ったまま、まだ会えていない人はいませんか?
まだ行けていない、あの場所はありませんか?

【続報】帯状疱疹、発症から1か月で気づいた3つのこと

人生で一番痛かった経験、何ですか?

 

私は、麻酔無しで膿を斬られたのがMAXです。
あの時は、マジ痛すぎて叫んだっけ。あれを

激痛を言うのかとしみじみ思ったものです。

 

それでも、救急車で痛みの10段階MAXの
気絶するほどの痛みには届かないかと。

 

そして、最近私を悩ませている痛みは
帯状疱疹神経痛です。

 

発疹が出たその日から治療しているので
もう身体の外側は直っているように見えます。

 

でも身体の内側では、ずっと痛みが残って
います。痛みのレベルとしては、レベル4
ってところですが絶え間なく続き痛みって、
精神を削ってくるんです。

 

相変わらず、朝は痛みで目が覚めるので、
ずっと寝不足。昼ご飯を食べた後、ちょっと
だけ寝ることでしのいでますが、この生活が
続くのは勘弁してほしいと、切に思っている次第。

 

今回は、帯状疱疹、発症から1か月で気づいた
ことを3つまとめておきます。


1)痛みは簡単には引かない

私は発症から3週間経過していますが、痛みは
ほとんど引いていません。体感的には、5%
程度良くなったかな?という感覚です。

 

発疹は消えていくのに、痛みは残るってことを
知っておかないと、悩むことになるでしょう。


2)痛みの種類は変化する

私の場合、痛みは左胸上部、左背中上部の
2か所でした。発疹もこの2か所。最初の
ころは、ズキズキした痛みでしたが、
今は、ヒリヒリした痛みに変化してます。

 

あと、当初は身体の内側だけが痛かった
のですが、今は肌表面に触れると、痛み
というか、ちくちくした感じになってい
ます。お医者様に聞いたところ、帯状疱疹
神経痛の典型的な症状だそうです。


3)痛みを我慢しすぎない

これは、お医者様に言われたこと。
なぜ我慢してはいけないのかと言うと、
我慢することで、神経にダメージが残り
痛みが長引くから。

日本人には我慢強い人が多いから、
特に重要だと思います。

 


帯状疱疹は、人によって違うところが多いと
お医者さまに聞きました。それでも共通点は
あるそう。この3つが誰かの役に立つことを
祈ってます。

 

ちなみに、気絶するほどの痛みなんて
体験する奴いる?と思ってた私。
しかし、身近なところにその痛みを
経験した人がいたんです。兄でしたw

【人生初連発】弘前行ってきました!

このブログでたまにやってる「人生初」シリーズ。

今回は、青森県の弘前市に初めて行ってきたので、その話。

帰省先の盛岡市から、東北道で一路北へ。


【人生初1:東北道、弘前方面】

八戸方向には何度か行ったことあるんですが、
弘前方向は初めてです。

道中、岩手山や安比高原スキー場など、
美しい景色を左手に見ながらなので、
全然退屈しません。

八戸と弘前に分かれる分岐点の
ICがあるんですが、弘前方面の
道が狭すぎて、ビビりました(汗

ちなみに、弘前に向かう途中で、
一度秋田県に入るんですが、
それも知らなかったです。

ほんと、知らないことだらけですね。


【人生初2:獄きみ】

「獄きみ」って何?

という人もいると思います。
何を隠そう、私も知りませんでした。

 

「きみ」とは東北で
「とうもろこし」のことを指す言葉。

 

「獄きみ」は、弘前市近辺で獲れる
ブランドとうもろこし。めっちゃ甘いんです。
その糖度は18度以上!
もはやフルーツと言えるでしょう、

 

この時期(7月下旬から8月末くらいまで)
しか獲れないので、弘前市近隣には
「獄きみ」を求めて店頭に行列ができるほど!

 

正午ごろに行ったのですが、
多くの店で売り切れになっていました。
売っている店は、軒並み大行列。

 

なんとか岩木屋さんで、
茹でた「獄きみ」をゲット!




そして「獄きみ」の天ぷらも売っていたので
それもいただきました!天ぷらも美味。

こっちのほうが甘かったです。これ以上甘い

とうもろこしはこの先食えないんじゃないかと。

 

 

 

私が伺ったお店はこちら

iwakiya.raku-uru.jp

 

時期によってはネットショップでも買える
ようなので、興味のある方は、よかったらどうぞ。

 

 

【人生初3:岩木山神社】

霊峰岩木山のふもとにある岩木山神社に
初めて行ってきました。

 

岩木山神社は、津軽国一之宮!
774年創建ということで、1200年
以上の歴史のある神社。その歴史の中で
何度か修繕してきたようで、今も一部
修繕が行われているようです。

 

お盆期間中ということで、多くの参拝者で
にぎわっていました。

 

手水舎も独特!
ひしゃくも1メートルくらいありました。

 

 

ちなみに、ここの水は、煮沸すれば飲めるそう。

私は、そのまま飲んでしまいましたが、美味でした。

良い子は真似しないように。

 

 

【人生初4:弘前城】

 

岩木山神社に参拝した後、弘前城へ。

桜の名所として、全国的に有名な弘前城
ですが、今残っているのは、お堀と石垣、
天守と櫓くらい。

 

ちょうど、天守は内部公開が中止されていて、
外見のみ見ることができましたが、
この状態を見るのもレア!

 

 

櫓から見る、霊峰岩木山も
美しい姿だなと。

 

 

さすが津軽富士と言われるだけありますね。

私は、小さいころ岩手山を見て育ったので
遠くにキレイな山を望む景色は落ち着きます。

 

ということで、人生初を連発したお盆でした!

母親との会話で感じた、記憶と日常生活の不思議

年を取ると、忘れっぽくなりますよね。


私も、以前は簡単に思い出せたことを、
思い出すのに、少し時間がかかることが
あります。

 

こうなることは覚悟していましたが、
実際に体験すると、なかなか厳しいものが
あります。これは、特に頭が良かった人には、
堪えるではないでしょうか。肉体的な衰えも

そうですが、こういう記憶に関する衰えは、

精神的なダメージが大きいものです。

 

お盆に実家に帰省してきたのですが、
なんと母親が、特別養護老人ホームに
入居していました。弟に聞いたところ、
昨年コロナに罹患し、その後に急に
物忘れが進行して、家族のことも
わからなくなってしまったそう。

 

そんな母親と面会してきた時に感じた
のは、ほんと記憶って何なんだろう?
ということでした。

 

実際問題、実の息子が目の前にいるのに
それを自分の息子と認識できないのに、
会話は普通に進行できるからです。

 

「この部屋はキレイだね」
「今日は天気が良いね」
「毎日ちゃんと食べてる?」
「これからおやつだよ」

 

そんな会話はごく普通にできるのです。
受け答えも自然。なんだかんだで、

20分くらい話ました。

 

でも息子を認識できない。


それなのに、自分に3人の息子がいた
ということは覚えている。でも、孫の
ことは全然覚えていない。

 

私は、亡き父親と外見はかなり似ています。
それに声も兄弟の中で一番父に似ているんです。
それでも、家族だとは認識してもらえませんでした。

 

また、これは兄に聞いたのですが、
特別養護老人ホームに入る前のこと。
母親を車に乗せ、食事に出かけたとき、
助手席でずっと話をしていたのに、
急に、「どちらさまですか?」と
言われたそうです。

 

記憶には長期記憶と短期記憶があると
言われていますが、長期記憶の一部が
思い出せなくなると、短期記憶もそれに
あわせて欠落したりするんでしょうか?

 

こういう会話が繰り返されると、
一緒に暮らすのは、精神的に難しくなる
んでしょうね。

 

父が亡くなった時は、記憶のほうは
すごくしっかりしたままだったので、
今回は、非常に堪える経験でした。

 

そして、自分もそうならないよう、
努めたいと改めて感じた経験でした。