50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

夏の終わりに数えたいのは、「できなかったこと」より「味わえたこと」

8月最後の週末ですね。
この時期になると、日差しはまだ強いのに、どこか夏の終わりを感じる瞬間があります。少し早くなった夕暮れ。夜に聞こえてくる虫の声。店先に並び始めた秋の商品。服はすでに秋冬物が多くなっていますね。

そんな小さな変化に気づくと、「今年の夏も、もう終わるんだな」と、少し寂しい気持ちになります。50代になっても、この気持ちは変わらないものです。


つい「できなかったこと」を数えてしまう

私たちは、夏の終わりには、
つい「できなかったこと」を考えてしまいがちです。

- 旅行に行けなかった
- 花火を見られなかった
- 会いたかった人に会えなかった
- もっと外へ出かければよかった
- もっと夏らしいことをすればよかった

気づけば、今年の夏にできなかったことばかり数えているのです。
私も今年は帯状疱疹の関係で、あまり自由に動けませんでした。
毎日の薬から逃れることもできなかった、水泳もできず、痛みで筋トレもできなかったとか、そんな風に考えてしまっていました。

でも、夏の過ごし方に正解があるわけではありません。遠くへ出かけなくてもいい。特別なイベントに参加しなくてもいい。SNSに投稿したくなるような写真が、たくさん残っていなくてもいいのです。

大切なのは、この夏に何をしたかより、
何を味わえたかではないでしょうか。

 

記憶に残るのは、小さな瞬間

- 暑い日に飲んだ、キンキンひ冷えたビール
- 初めて行った弘前の景色
- エアコンの効いた部屋で、ゆっくり読んだ電子書籍
- 夕方に吹いた、少しだけ涼しい風
- めちゃめちゃ甘かった獄きみ

この夏、こんなことが記憶に残ってます。あなたも、思い返してみれば、記憶に残る小さな瞬間が、いくつもあるはずです。

私たちは、人生を「できたこと」と「できなかったこと」で評価しがちです。目標を達成できたか。予定どおり行動できたか。何か新しい経験ができたか。

もちろん、それも大切です。けれど、人生の豊かさは、成果の数だけでは測れません。何を手に入れたかより、何を感じられたか。どこまで進めたかより、その時間をどれだけ味わえたか。人生後半になるほど、そうしたものが大切になってくる気がします。


何もなかったように見える一日にも

若い頃は、夏が終わっても「また来年がある」と思えました。けれど年齢を重ねると、同じ夏は二度と来ないことを、以前より強く感じます。

だからこそ、焦って多くの予定を詰め込むのではなく、目の前にある一日を丁寧に受け取りたいのです。

私たちは、夏休みというと特別な経験を期待します。でも、何か特別なことが起きなくても、その日は失敗ではありません。何もなかったように見える一日にも、味わおうとすれば、小さな幸せが隠れています。

- ゆっくり眠れた
- 好きなものを食べられた
- 無事に一日を終えられた

それだけでも、十分に大切な夏の一日です。
今年は、帯状疱疹の痛みがあったので、ゆっくり眠れるだけで、本当に幸せだなと感じたものです。


味わえたことを、胸にしまって

夏の終わりに、やり残したことを数えると、心には後悔が残ります。でも、味わえたことを数えると、心には感謝が残ります。

あなたは、この夏に何を味わったでしょうか。どんな景色を見て、どんな言葉を交わし、どんな瞬間に心が動いたでしょうか。

大きな出来事でなくてもかまいません。心に残っている小さな場面を、一つずつ思い出してみてください。きっと「何もできなかった夏」ではなかったことに気づくはずです。

夏は、もうすぐ終わります。
やり残したことがあっても大丈夫。変に後悔すると、それは執着になるかもしれません。できなかったことより、味わえたことを胸にしまって、次の季節へ進んでいきましょう。