「また失敗するかもしれない」
その一言が、どれだけ多くの
「はじめの一歩」を奪ってきただろう。
やってみたいことがある。
でも、うまくいかなかったらいやだ。
笑われるかもしれない。
時間とお金を無駄にするかもしれない。
そう考えているうちに、
気づけば何もしないまま時間だけが過ぎていく。
そんな経験、ありませんか?
私には、そんな経験がいっぱいあります。
間違いを恐れる人間は、正解しか選ばない。
正解しか選べない人間は、
確実なことしかやらない。
確実なことしかやらない人間の人生は、
どこまでも「現状」の延長線上が続いていく。
安全だ。でも、何かが変わることはない。
一方で、人生が大きく動いた瞬間を振り返ると、
「あのとき間違えた」経験が
転換点になっています。
失敗して恥をかいた。
思い切り的外れなことをした。
誰かに迷惑をかけた。
でもその経験が、思考を深め、
選択を変え、人間として厚みを与えてくれた。
間違いは、損失じゃない。
決断した、動いたとう証拠だ。
子どもの頃、
自転車に乗れるようになったのはなぜか?
何度も転んだからだ。
転ぶたびに体がバランスを学んだ。
「転ぶのが怖い」と乗らなかった子は、
いつまでも乗れないままだった。
大人になっても、本質は変わらない。
新しいことを始めるとき、
最初から正解を出せる人間はいない。
ブログを書き始めた頃の文章は、
たいてい読み返したくないほど恥ずかしい。
起業した最初の一年は、判断ミスの連続だった。
でも、その恥ずかしさと失敗の数だけ、
確実に前に進んでいた。
動いている人間だけが、間違える。
間違える人間だけが、学ぶ。
学んだ人間だけが、変わる。
「完璧な準備が整ってから動こう」
この言葉は、一見まじめに聞こえる。
でも実際には、動かない理由を
探しているだけのことが多い。
完璧な準備が整う日は、永遠にやってこない。
今の自分に必要なのは、
正解を探すことではなく、間違える勇気だ。
間違えたら修正すればいい。
恥をかいたら笑い飛ばせばいい。
遠回りしたなら、その道で拾ったものを
次に活かせばいい。
その「止まらない力」こそが、
推進力の正体だと思う。
完璧じゃなくていい。
まず、動こう。