50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

親から受け継いだ「世界の見方」は、選び直せる

最近、友人がメルマガでこんなことを書いていたのです

「自分は、この世界をちゃんと自分の目で見ているのだろうか?」

もしかしたら、親から受け継いだ世界観のまま、ずっと生きてきたのではないか、と。

 

これを読んだ時、ああ、自分もそうだよなぁと思ったのです。

 

思えば、僕の親は、根は善良な人たちでした。でも、戦後を生き抜いてきた人でもあります。母は満州からの引き上げ者で、1日にパン1つの生活も経験したと言っていました。そんな体験からか、どこかに「周囲は油断できない」「世の中は甘くない」「気を抜いたらやられる」という空気が漂っていたように思います。表面上は穏やかな家庭でしたが、その緊張感は確かにありました。

 

子どもの頃の私は、そういう雰囲気を意識していなかったと思います。でも振り返ると、親の世界観の中で生きていたのは間違いないでしょう。むしろ、その世界観に「つきあってあげなきゃ」という感覚さえあったかもしれません。

 

そうしているうちに、違和感を持ちながらも、その見方がいつしか自分の一部になっていきました。気がつけば、世の中をどこか怖い場所として見たり、何かに備えて緊張したり、勝ち負けの感覚で人や出来事を判断したりしていました。それが「この世界を生き抜くために当然」と、疑いもしなかったと思います。

 

でも最近、これってなんか違うよな、と思うようになったのです。

 

見ていたのは、「世界の真実」じゃない。

長い時間をかけて私が身につけてきた、ただの見方にすぎなかった、と。こんなことに気が付くのに50年もかかるとは、ちょっと笑えます。

 

だとすれば、人生の後半は、その見方をただ繰り返す時間ではなく、選び直していく時間にすることも、できるかもしれません。周囲を敵だと思う前提でもなく、何かに怯え続ける前提でもなく。そして、誰かと闘わなくていい。そんな風に、世界を見直していく。

 

そんな生き方が、今からでも遅くないと、少しずつ信じられるようになってきました。
あなたはどうでしょう?こういう視点でも、見てみてくださいね。