
新年、高校のトイレで暴力行為を映した
動画が拡散しているという、なんとも気が滅
入るニュースを見てしまった。
あれを、いじめとしている人がいて、それも
びっくりである。どうみても、ただの暴力事
件。ただ、学校で起きたことは、いじめとい
う先入観をもっている人からすれば、あれも
いじめってことになるのかもしれない。
そもそも、なぜあんな動画が投稿されてしまう
のか?
その原因を考えるに、いじめ事案への学校の
対応が、基本的に隠蔽する方向にむいている
せいでしょう。これは、部活動の不祥事など
で何度も繰り返されている現象なので、それ
を否定できる人は少ないのではないだろうか?
学校の内部にも、まともな神経をもった先生
もいるはずなのだが、おそらくは少数派なの
だろう、今の隠蔽体質を変えるには至ってい
ないと考える。
もし、いじめなり、暴力なりを受けた生徒が
学校に訴えたとしても、調査という名目で
時間かせぎをされたり、いじめらた側にも
原因があるとか、加害者の権利を守るためと
か、いろんな原因をつけて、なかなか解決し
ないことが容易に想像できる。
これだけが原因とは言えないが、被害を受け
た側の立場で考えると、真摯に取り合っても
らえないことがほとんどだろう。そうなると
動画を公開してしまったほうが、早いと考え
る人は、多いはず。実際、動画が炎上すると
警察も優先的に対処する傾向があるのは、
明らかだ。
私刑うんぬんの論議もあると思うが、それは
被害者側から見れば、事案が世の中に認知さ
れた後の話であって、うやむやにされるより
はよっぽど良いと考えるはず。そして、加害
者に不利益な行為をするのは、自分ではない
のだから。
そもそも、暴力行為などしなければ、加害者
に不利益はおこらない。今後、同様の事案を
抑止するという意味でも、結果を知らしめる
には、動画の拡散には、それなりに効果は
あるだろう。
ただ、ああいった暴力行為を、ただのいじめ
と認識してしまったりすること自体が大きな
問題だなと思う。ここまで「ハラスメント」
が社会的な問題になっているのに、学校で
おこったことだと、なぜか「いじめ」に
矮小化されてしまうのは、本当に不思議なこ
とだと思いませんか?
「いじめ」という言葉を捨てて、「暴行」
とか、「パワーハラスメント」と全員が
言うようにすることで、もっと抑止力が
上昇すると思うのです、
あなたは、どう考えますか?