
あなたは、先祖に感謝の気持ちを抱くことはありますか?
もしかしたら、「先祖からのご加護をいつも感じている」と答えるのは、代々受け継がれてきた土地や家、事業などの資産を持つ人に多いのかもしれません。それは、信心深いとかいう特別な感情ではなく、日々の生活の中でふと「先祖のおかげかな」と感じる、ごく自然な感覚なのでしょう。目に見えないけれど、確かに何か大きな力に守られているような、そんな安心感があるのかもしれません。
私が今日、このテーマについて筆を執っているのには理由があります。
実は、昨年、私の妻の父親が亡くなりました。妻がまだ幼い頃に両親は離婚しており、妻にとって実の父親は、顔も見たことのない、遠い存在でした。結婚の挨拶をすることも叶わず、私は一度もお会いすることができませんでした。
そんな、会ったことのない義父の遺産を、妻は一部相続することになったのです。
顔も知らないけれど、妻は父のことを完全に忘れていたわけではなかったようです。亡くなる間際、義父は奥様やお子さんたちに、ずっと胸に秘めていた過去について、少しずつ語っていたと聞きました。私たち夫婦のことも、話していたのかもしれません。
一般的に、遺産相続というものは、親族間の複雑な感情や利害が絡み合い、時に激しい争いを生むことがあります。特に、面識のない相続人がいる場合は、手続きが難航することも少なくありません。しかし、今回の義父の遺産相続は、驚くほどスムーズに進んだのです。
もちろん、義父の奥様やご家族のご理解とご協力があってのことでしょう。しかし、私はそのスムーズさの裏側に、何か目に見えない力が働いていたのではないかと感じています。それは、まるで義父が、会ったことのない娘のために、そっと道筋を整えてくれたかのような、不思議な感覚です。
会ったことはないけれど、確かに存在した義父。妻を通して、その血は確かに繋がっていました。もしかしたら、義父もまた、遠い空の下から、私たち夫婦の幸せを願ってくれていたのかもしれません。そう考えると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じます。
代々受け継がれてきた有形無形の財産だけが、先祖からの贈り物ではありません。私たちが今、こうして生きていること自体が、連綿と続く命の繋がりそのものが贈りものではないでしょうか?
会ったことのない義父の遺産相続を通して、私は改めて、先祖という存在の大きさを感じています。私自身、外見は亡き父とそっくりだし、声も似ていると何度も言われてきました。3人兄弟ですが、私が父に外見が一番似ています。外見だけでなく、体形も、体の弱い部分も受け継いでいます。でも、面白いことに血液型は違うんですよねw。
私たちは、一人で生きているわけではありません。私たちの命は、遥か昔から続く、無数の命のバトンを受け継いだもの。そのバトンの中には、喜びや悲しみ、希望や苦難、様々な想いが詰まっているはずです。また、先祖やご両親の仕事に影響を受けて、自分の仕事を選んだという人も多いと思います。親への反発から仕事を選んだ人も、影響を受けたと言えるでしょう。
普段、私たちはそのことを意識することは少ないかもしれません。日々の忙しさに追われ、自分のことだけで精一杯になってしまうこともあるでしょう。しかし、ふとした瞬間に、自分のルーツに思いを馳せてみる。遠い祖先から繋がる命の壮大な物語に、耳を傾けてみる。それは、私たちが生きる上で、かけがえのない心の糧となるのではないでしょうか。
今回の義父の件は、私にとって、改めて先祖への感謝の気持ちを抱く、貴重な機会となりました。会ったことはないけれど、確かに繋がっていた命。その存在が、今を生きる私たちに、静かに語りかけてくれているような気がします。
目に見えないけれど、確かに存在する先祖の温かい眼差し。
良かったら意識を向けてみて下さい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。