
今回の入院生活は、私にとって予期せぬ学びの宝庫だったと思います。特に、肺に検査器具を入れる検査を前にした心の動きは、これまで目を背けてきた感情のあり方を改めて教えてくれる、貴重な経験でした。
以前にも経験したことのある検査でしたから、どこかで「ああ、あれね。もう大丈夫、そんなに怖くないはず」と、過去の記憶を頼りに、自分の感情を軽く見積もっていたのです。まるで、経験という名の薄い膜で、不安を覆い隠せるかのように。
しかし、いざ検査の時間が近づくにつれて、心の奥底から湧き上がってきたのは、強い恐怖でした。体は正直で、歯がガタガタと音を立てるほど震えが止まらないのです。「怖くないはず」と思っていた自分はどこへやら、目の前の現実に、心の準備が全くできていなかったことを痛感しました。
この経験を通して、改めて深く感じたことがあります。それは、「自分をご機嫌にするのは自分の責任」という言葉は確かにそうかもしれませんが、「無理に自分の感情をコントロールする必要はない」ということです。
私たちは、
「いつもいい気分でいなければならない」
「ネガティブな感情は克服すべきものだ」
「恐れを感じる自分は弱い」
といった固定観念に囚われがちです。まるで、感情のジェットコースターに無理やりブレーキをかけようとするように。
しかし、今回の入院生活は、そんな自己コントロールの限界を見せてくれました。どんなに「大丈夫」と言い聞かせても、湧き上がってくる感情は、まるで奔流のように私の心を押し流そうとしたのです。
だからこそ、「いい気分でいなきゃ」と必死になる必要はないのだと、マジで思ったのです。心が沈む日もあれば、理由もなく不安に襲われる夜もある。時には、抑えきれない怒りが湧き上がってくることだってあるでしょう。それは、人間として当たり前の感情の動きであり、無視しようとしたり、無理に蓋をしようとすれば、いつか歪みとなって現れてしまうのではないでしょうか。
本当に大切なのは、まず、そんな自分の状態を「ダメだ」と責めるのではなく、「そうか、今私はそう感じているんだな」と、ただ静かに眺めてあげること。まるで、空に浮かぶ雲の流れをただ見守るように、自分の心の動きを観察するのです。
そして、もし、そんな感情を抱く自分自身を責めてしまったとしても、それで良いのです。完璧な人間などいません。感情の波に翻弄され、自分を責めてしまうことだってあるでしょう。
本当に大切なのは、その「責めてしまう自分自身」を認めること。「ああ、また自分を責めてるな」と気づき、そんな自分に優しく寄り添ってあげること。まるで、転んでしまった子供に「大丈夫だよ」と声をかけるように、傷ついた自分自身に温かい言葉をかけてあげる。そうすることで、私たちは少しずつ、感情の波に乗りこなし、自分自身とより深く繋がることができるのではないでしょうか。
私たちは、太陽が照りつける日もあれば、雨が降りしきる日もあるように、心の天気も常に変化します。大切なのは、どんな天気の日も、その空模様をありのままに受け入れ、その中で自分らしく生きること。
だから、もし今、あなたがネガティブな感情に苦しんでいるとしても、どうか自分を責めないでください。その感情は、あなたの一部であり、あなたをより深く知るための大切なメッセージなのかもしれません。
ありのままの自分を受け入れ、感情と共に生きる。それは、決して楽な道ではないかもしれませんが、きっと、より豊かな、より人間らしい生き方へと繋がっていくはずです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。