
本音、抑えちゃってませんか?
今日、いきつけの美容院へ行ってきました。もう20年以上も通っている、大切な場所です。老若男女、幅広い世代のお客さんで賑わっているのが、このお店の魅力。店長さんの温かい人柄と、どんな世代にも対応できる豊富な話題は、本当にすごいなといつも感心しています。
今日、お店に入るとすぐに、けたたましい泣き声が耳に飛び込んできました。小学校に上がる前くらいの小さな男の子が、カット中に激しく泣き叫んでいたのです。
「痛い!痛い!」
その声は、店内に響き渡り、思わず私も注目してしまいました。見たところ、ごく普通のカットのようでしたが、その子にとっては、何かがどうしても嫌だったのでしょう。美容師さんやお母さんが優しくなだめても、その涙はなかなか止まりません。カットが終わった後も、10分以上は泣き続けていました。
その光景をぼんやりと眺めながら、
ふと、あることに気づきました。
「大人になってから、あんな風に自分の感情を爆発させることって、一度もないな…」と。
子供の頃は、嫌なことは嫌だと、素直に表現できていたはずなのに。いつから私たちは、自分の本音に蓋をするようになったのでしょうか。
「もう大人なんだから、聞き分けを良くしないと」
「周りに迷惑をかけてはいけない」
「変な人って思われたくない」
そんな思考が、いつの間にか私たちの心に深く根を下ろし、自分の感情を外に出すことを、無意識のうちに強く抑制してきたのだと思います。
でも、考えてみてください。自分の本音って、まるでダムのようだと思うのです。ネガティブな感情だけを堰き止めることはできません。嫌な感情を抑えつければ抑えつけるほど、ポジティブな感情の流れも滞ってしまうのではないでしょうか。
嬉しいこと、楽しいこと、ワクワクすること。そうしたキラキラした感情も、知らず知らずのうちに、抑え込んでしまっているのかもしれない。
なんだか、それってすごくもったいないことですよね。
人生は、ジェットコースターのようなものだとよく言われます。嬉しいこともあれば、悲しいこともある。楽しいこともあれば、嫌なこともある。時には、理由もなく涙が溢れたり、心の底から叫び出したくなるような衝動に駆られたりすることもあるでしょう。
それら全ての感情を、まるで無かったことのように、見て見ぬふりをしていたら、私たちは、一体何を感じて生きていることになるのでしょうか。
感情を抑えることは、味覚を麻痺させて、食事をしているようなものです。どんなに美味しい料理も、味が分からなければ、ただの作業になってしまいます。
人生も同じで、感情を抑えてしまうと、喜びも悲しみも、楽しさも苦しさも、その深みや彩りを十分に味わうことができなくなってしまうのです。
あの美容院で泣いていた男の子は、周りの目を気にすることなく、自分の「嫌だ!」という感情をストレートに表現していました。それは、ある意味、とても純粋で、力強い生きるエネルギーの表れだったのかもしれません。
もちろん、大人が同じように感情を爆発させるのは、状況によっては難しいこともあるでしょう。社会的な立場や、周りの人への配慮も必要です。しかし、だからといって、自分の本音を完全に無視したり、なかったものとして扱ったりするのは、健全な心のあり方とは言えません。
大切なのは、自分の感情に気づき、それを認め、適切な方法で表現すること。
信頼できる人に話を聞いてもらったり、日記に書き出したり、趣味に没頭したり。自分なりの感情の解放方法を見つけることが、心の健康を保つ上でとても重要です。嬉しいことがあれば、全力で喜びたいですよね。
心のダムに溜め込んだ感情は、いつか必ず溢れ出してしまいます。それが、予期せぬタイミングで、思いもよらない形で現れてしまうこともあるのです。
だからこそ、日頃から小さな感情の揺れ動きに気づき、蓋をせずに、少しずつ解放していくことが大切。
嬉しい時には、心から喜びを表現する。
悲しい時には、無理に笑顔を作らず、涙を流す。
楽しい時には、思いっきり笑い、はしゃぐ。
嫌な時には、我慢せずに「嫌だ」と言う勇気を持つ。
もちろん、相手への配慮は忘れずに。
自分の感情を大切にすることは、わがままではありません。それは、自分自身を尊重し、より豊かな人生を送るための、大切な一歩なのです。
さあ、あなたも心のダムの栓を少しだけ開けて、感情の解放を始めてみませんか?
きっと、これまで以上に、人生の味わいが深まるはずです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。