
「最高の自分になりたい!」
そう思ったことありませんか?
きっと、誰でも一度くらいは、最高の自分、理想の自分になれたらなぁと思ったことがあるはずです。もちろん私も、その例外ではありません。
しかし、不思議なことに、「最高の自分」という言葉には、どこか居心地の悪さを感じてしまうのではないでしょうか?正直言って私も、どこか噓くささというか、そんなの無理じゃね?と思ってしまったことがあります。
「最高の自分」
「理想の自分」
それはまるで、目の前にそびえ立つ壮大な山の頂上を、いきなり目指さなければならないような、そんなプレッシャーを感じるからかもしれません。「最高の自分」という言葉は、私たちに希望を与えてくれる一方で、同時に、私たちを不安にさせる力も持っている、そう思うのです。
つまり
「最高の自分」と「今の自分」にギャップがあまりにも大きすぎて、途方に暮れてしまう。
「最高の自分」になんて、本当になれるんだろうか?
「最高の自分」になっても、思うような人生を生きられないかもしれない。
そんな心の声が、私たちを足踏みさせてしまうのかもしれません。
しかし、考えてみてください。
「最高の自分」とは、一体何なのでしょうか?
それは、完璧で、非の打ち所がなく、誰からも羨望の眼差しを向けられるような、そんな存在なのでしょうか?もしそうだとしたら、それはあまりにも現実離れした、幻想に近いものかもしれません。なぜなら、人間はどうやっても不完全であり、完璧な人間などどこにも存在しないからです。だとしたら、その望み自体が、不可能なことを望んでしまっていたことになります。
では、「最高の自分」という幻想から抜け出し、私たちが本当に目指すべきものは何なのでしょうか?それは、「今の自分」よりも「少しだけ成長した自分」です。
昨日よりも今日、今日よりも明日、少しだけ成長した自分。
完璧ではないけれど、昨日よりも少しだけ優しくなれた自分。
失敗を恐れずに、新しいことに挑戦できた自分。
自分の弱さを認め、それでも前を向いて歩き出すことができた自分。
「最高の自分」を目指すことは、時に私たちを押しつぶしてしまうほどのプレッシャーを与えます。しかし、「少しだけ成長した自分」を目指すことは、私たちに希望と勇気を与えてくれます。それは、私たちに「今の自分」を受け入れ、同時に「未来の自分」を信じる力を与えてくれるからです。
「最高の自分」という幻想から抜け出し、「少しだけ成長した自分」と出会う旅に出かけましょう。その旅は、決して平坦な道ではないかもしれません。しかし、一歩ずつ、着実に歩みを進めていくことで、きっと今よりもちょっとだけマシな自分に出会うことができるはずです。
「最高の自分」という幻想よりも、はるかに美しく、輝かしい宝物。
「自分自身」という名の、かけがえのない宝物です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。