
今日は久しぶりに体調が悪かった。
おかげで、予定を全てキャンセルすることに。
やろうと思っていたことができず、体力回復のために、寝るだけで過ごすというのは、精神的によろしくないものですね。どうしても、自分を責めてしまいがち。
そもそも、私は完璧主義の傾向があるのは間違いない。
ただ、完璧主義は、まるで終わりのない迷路を彷徨うかのよう。
人はなぜ、完璧であることを美徳とし、そうでない自分を責めてしまうのでしょうか?
完璧を求めるほど、不足ばかりに目が向いてしまいます。少しのミス、小さな欠点。それらがまるで世界の終わりであるかのように感じてしまうのです。
完璧主義は、私たちから心の平安を奪い、不満と怒りの感情を生み出します。そして、完璧を追い求めること自体が、常に不完全な自分と向き合うことになり、さらなる苦しみを生むのです。
では、どうすればこの呪縛から逃れられるのでしょうか?
それは、「不完全であることを受け入れる」という、勇気ある一歩を踏み出すことです。完璧でなくてもいい。むしろ、不完全だからこそ、私たちは人間らしく、愛おしい存在なのです。
子どもの頃、私たちは転んで膝を擦りむきながらも、立ち上がって再び走り出しました。失敗を恐れず、ただ目の前のことに夢中になっていたあの頃の感覚を、覚えている人もいると思います。
ただ、大人になるにつれて、私たちはいつの間にか失敗を恐れ、完璧であることを求めすぎるようになったのかもしれません。
でも、思い出してください。生まれたばかりの赤ちゃんは、誰一人として完璧ではありません。それでも、周りの大人たちは、その小さな命を無条件に愛し、成長を喜びます。
私たちもまた、生まれた時からずっと、不完全なままで完璧な存在なのです。
不完全な自分を許し、受け入れることができたとき、私たちは初めて心の底から安らぎを感じることができるでしょう。同時に、誰かの失敗や失言などを、細かくチェックしたり、怒りを覚えることも少なくなるはずです。それは、心の平安に繋がるのです。もしかしたら、その先に戦争のない世界があるかもしれません。
完璧という幻想を追い求めるのをやめて、少しでも不完全な自分を愛し、受け入れましょう。そうすることで、あなたはもっと自由になれる。もっと自分らしく輝ける。
不完全な私たちだからこそ、分かち合い、助け合い、支え合うことができる。
完璧でなくてもいい。
ありのままのあなたで、素晴らしい。
この投稿は、自分のために書いたものですが、あなたの心に何か温かいものを届けられたなら、とても嬉しいです。