50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

国民民主の玉木さん不倫報道で思う、潔癖症の果て

 

今日は朝から驚きのニュースがありましたね。
そう、国民民主党代表の玉木さんの不倫報道です。
でも、早々に記者会見をして、事実を認めて謝罪していたのが好印象でした。一番謝るべきご家族に謝罪し、許しを得ていたので、この問題が後々まで響く可能性は少ないのではないかと、個人的には見ています。実際、今日国会での総理大臣使命選挙でも国民民主党全員が「玉木雄一郎」と書いたことがわかってますしね。

 

そういや、記者会見で、玉木さんはこう言っていました。

 

「妻子ある身で他の女性に好意をもったという事実は本当に申し訳ない」

 

確かにそうなのかもしれませんが、男性女性を問わず、結婚した後で、他の異性に好意を持ってしまったことがある人って、実は大多数なんじゃないかと思っています。だって「好意」ですよ。心の中で思っただけなら、相当の割合の人が該当すると思います。そこから先の行為に至る人は少ないとは思います。私も結婚していますが、結婚後に好意を持った異性がいなかったかと言われると、NOとは言えませんね。あなたはどうでしょうか?


今回の件、玉木さんは投票してくれた人に悪いと思うのなら、ぜひこれまで訴えてきた政策を、是が非でも実現するよう努力してもらうのがベストだと思います。

 

今回の不利報道、タイミングが良すぎて陰謀論を唱える人もいるようですが、私はそれには組しません。陰謀というより、相手が一番嫌がり、話題になりそうなタイミングを見極めて出してきた、ということだと思います。マスコミの常套手段ですよね。誰かのスキャンダルを飯のタネにするのは、時代に合わなくなってきていると思うのですが、今回の件を見て、不倫をするやつは絶対に信用できない、辞任すべきだ、という意見を持つ人もいるようです。これも、その人の価値観ですから、周りがどうこう言っても変わらないでしょうし、それを認めるのが多様性ってやつです。

 

私個人としては、政治家や企業などのリーダーのプライベートを、尾行したりして暴こうとする傾向には、呆れています。これまでの世界の歴史、そして自分のこと、周囲の人をみてわかるとおり、聖人君子なんて絶対にいません。でも、なぜか人にそれを求めてしまう傾向があります。また、他人に不快な思いをさせた、ということだけで非難され、謝罪を求められるようになってきています。モラハラとか、正直ちょっと行き過ぎな感もあるなと。こういった傾向が進んでいくと、本当に良い人であることを、常に求められるような社会になっていくと思います。それって、すごく息苦しい生活しか想像できないんですが、みなさんそんな社会になってほしいのでしょうか?

 

人は、聖人君子になんて、なりたくても絶対になれません。ミス、失敗もたくさんしてしまう生き物です。そんな時は素直に非を認めて謝り、周りもそれを受け入れていく。そんな許し合える世界になってほしいなと、改めて思います。

 

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