50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

涙が出るほど嬉しい・悔しいことをやろう!

何かに成功して、涙が出るほど喜んだことはありますか?
反対に、失敗して泣いて悔しがったことはあるでしょうか?

 

もし、両方とも経験がなかったとしたら、あなたは物事に本気で取り組んでこなかったのかもしれません。

 

先日のオリンピックで、金メダルをとって嬉し泣きする選手や、戦いに敗れて暮らし涙を見せる選手のことを、見たことと思います。あれって、金メダルを目標に3年間苦しい練習を積み重ねてきて、その結果に対する嬉しい・悔しいの涙だったのでしょう。

 

私も、心血を注いだプロジェクトが成功した時には、うれしくて泣いたことがあります。当時は男が泣くなんて、人に見せるもんじゃないと思っていたので、お風呂場でシャワーを浴びながら一人で涙を流したものです。あの時、もしプロジェクトがうまくいかなかったとしたら、きっとくやしさで一人で部屋に籠って泣いたのだろうと思います。

私の場合は仕事でしたが、人によってはスポーツだったり、恋愛だったりしたかもしれません。学生時代、サッカーをやっていましたが、試合で負けても「まぁこんなもんか」と冷めた自分がいたことを思い出します。別に練習に手を抜くとか、そんなことはしていませんでしたが、おそらく、試合に勝って全国大会に出る!みたいなことを目標にして頑張っていなかったことが、悔しくならない理由だったのでしょう。当時の私は、何をやるにも少し余力を残していて、本気で何かに取り組むことが面倒だったのだと思います。まぁ、斜にかまえた、ちょっと嫌な子供だった気がしますw

 

今にして思えば、なんでも100%でやってみれば、また違った結果になっていたのかもしれないし、人生がもっと充実したんだろうなぁ、と思います。男の子にありがちな、もてたいとか、かっこつけたいとかいう気持ちもそこまでなかったし、なんでもそこそこできるから、人生まぁなんとかなるだろ、みたいな甘ちゃんだったようです。

 

その弊害と言ってはなんですが、自分は絶対にこれが大好きだ!みたいなことが、何年もわかりませんでした。まぁ、当時のことをそこまで後悔しているわけではありませんが、当時の自分に何か伝えられるとしたら、もうちょっと本気で生きてみようよ、と言いたいですね。

 

あのプロジェクト以来、いろんなことで泣いてきましたが、いずれも本気で取り組んできたことばかりです。思い出せば、また涙が出てくることも多いですが、そのくらい本気でやっている時と、8割くらいの力でやっちゃってる時の2パターンがあるのが、よくわかります。

 

何事にも本気で取り組むのは理想ではありますが、いつも100%のパワーだと少し疲れるかもしれません。とはいえ、できれば100%の情熱を注いで生きたいものですね。あなたが、情熱的になれることを見つけられることを、お祈りしています。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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