50代からでも、自分の大好きなことを探せるのか?

50代男が、大好きなことを探しはじめたらどうなるのか?

多様性は双方向で認めあわないと意味ないよね

台風10号、やっと熱帯低気圧になりましたね。
まぁ、まだ安心はできませんが、少なくとも風の脅威は下がったわけです。ちなみに、最大風速17.2メートル以上が台風で、それ未満が熱帯低気圧。タイフーンと台風は似てるように感じるけど、基準は全然違ってて、タイフーンは最大風速は32.7m/s以上。知っておくと、ニュース見た時に違いが判って面白いですよ。

 

さて、最近のニュースを見てて思ったことなんですが、やっぱ多様性って難しいよねということについて書きたいと思います。多様性っては、異なる背景、文化、価値観を持つ人々が認め合うってことだと思っています。理想としては素晴らしいのですが、いかんせん、私たちの意識はそんなに簡単じゃないですよね。今まで常識とされていたことを、すぐに変えろと言われても、そう簡単に考え方は変えられないというのが、多くの人が持つ本音ではないでしょうか?変化への抵抗という側面もありますし、こちらが相手の価値観を認めたとしても、相手がこちらの価値観を認めないというところもあると思います。

 

例えば、LGBTQなんかでも、そうした人たちが不利益を受けないようにしたいとは思う人はいると思います。ただ、これまでの男性・女性という2つの性があるという価値観を否定されることには反発を覚える人もいるでしょう。ITをやっていると、ユーザ登録の画面で、情報を入力してもらう際に、「男性・女性・その他・答えない」みたいな選択肢を作らなくてはならなくなっていますが、今だに違和感が残っています。アパホテルが、心は女性でも肉体が男性の人は女湯に入れない、としているのが賞賛されています。これまでの当たり前をちゃんと貫いてくれていることへ、安心を感じる人が多いのではないでしょうか?これは変化への抵抗という側面が強いと思います。

 

あとは、文化・宗教の問題はもっと根が深いと感じています。敬虔なユダヤ教徒の中には、安息日には絶対仕事をしないという人もいるそうですが、もしあなたの同僚にこんな人がいたらどう感じるでしょうか?他の人が休日出勤しているとき、ひとりだけ宗教上の理由では働きませんと言ったら、認めますか?きっと感情的にはモヤモヤする人のほうが多いと思います。イスラム教徒の人が、コーランを信じて生活するのを認める人は多いと思いますが、日本国内で「女性は肌を出してはいけない」と言って、普通に歩いている女性たちにつきまとったとしたら、さすがにヤバいと思いませんか?彼らからしたら、当たり前のことを言ってるにすぎないのでしょうが、日本の文化も認めてほしいと思うのは、当然だと思います。ただ、相手にそんな気がない場合も当然あるので、こっちだけ多様性を認めよう、というのはかなり危険なんじゃないかと思います。イスラム教は偶像崇拝と認めていないので、日本の神社やお寺は、実は危ないと考えています。国宝だろうが彼らには関係ないので、彼らの価値観に合致しなければ、破壊されてしまうかもしれません。実際、中央アジアでは過去に石仏などの文化遺産イスラム教徒によって破壊されてしまっています。

 

多様性って、やはり相互の理解がないと最終的には完結しないと思います。どちらか一方だけが不利益を受けるような社会には、なってほしくないですね。

 

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