
今日の1冊は『自分とか、無いから。』です。
先日の『花とお金』に続いて、哲学的な本に手を出してしまいました。
著者は「田舎の神童」として育ち、東大に合格するも、32歳にして離婚、無職となり、実家に戻り、「一族の恥」とまで言われた経験を持つそうです。これを読むだけで虚無になりそうな経歴。
ただ、その時に感じまくった「虚無感」をどうにかしたいと自己啓発書を読み漁り、それでもダメで哲学書にも手をだし、最後にたどりついたのが「東洋哲学」だったそうです。
私もあまり知らなかったのですが、東洋哲学のテーマは「どう生きればいいか」。
そして最大の特徴が「答えがあること」。哲学って答えのない問答を繰り返すようなイメージしなかなったですが、東洋哲学は違ったんですね~。完全に勉強不足でした。
本書の面白いところは、最初から「哲学エッセイ」と銘打っているところ。
「ひとりの無職が東洋哲学をどう受け取ったのか?」がわかる1冊ということなので、気軽に読めます。著者は、東洋哲学によって「虚無感」から脱出できたとのことなので、参考になる人もいるかもしれません。
本書のタイトルは、ブッダの教えから来ている臭がプンプンする。
ブッダはみなさんご存じの、仏教の開祖である。ブッダは、2500年くらい前のインドのとある国の王子様で超恵まれていた。それでも虚無感に苛まれていたようである。そして、ある時ついに自分探しのために家出してしまう。当時のインドの自分探しには、身体をいためつけた先に本当の自分がある」みたな風潮があったらしく、ブッダもまたそれをやっちゃったらしい。で6年間も自分を痛めつけたものの、「本当の自分」に辿りつけず。そこで、方向展開したのがえらいところ。とはいえ、苦行で体力も気力もつきかけていた。そこに近所の方がおかゆをもってきてくれたそう。そこで、喰うか食わないかの究極の選択で、「おかゆを食う」を選んだブッダ。命を長らえたブッダが瞑想して悟りに至ったという。
そんなブッダが悟った「本当の自分」
それが「自分とか、ない」である。いわゆる無我ってやつですね。
自分なんか本当はないのに、本当の自分って何だ?と修行を続けたって、見つかるわけないって寸法です。考えてみれば、私たちの身体を構成している細胞は、毎日のように生まれ変わり続けています。そして、そのもとになっているのは毎日の食べている物、飲んでいるもの。自分の身体は、自分以外のものから作られ続けています。自分は、世界とずっとつながっていて、これが自分、と言えるものなんてないというの「無我」なんだそう。
完全にはなっとくしきれない部分はありますが、肉体的な自分という意味では、固定の自分なんてないんだよねーというのはわかる話ですね。
精神的な部分においても、たやすく外からの影響を受けるのが人間です。富士山をイメージしないで!と言われると、イメージしちゃうし、様々感情も自分で発生させているんじゃなくて、誰かにそんな気分にさせられたってことばっかり。本当の自分って、何なんでしょうね?
ってことで、こういうことに興味がある人にはぴったりな1冊です。生きづらさが解消されるとは約束できないけど、虚無感を抱えている人にはヒントがありそう!
いや、エッセイとしてみても、ちょっと笑えるw
<今月の目標 体重57キロへのへの道標>
今日の体重:55.0キロ、体脂肪率:11.0%
このところ、進展少なし。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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