
今日は母の日ですね。
私は、結婚してからは毎年、お花を送っています。
独身の時には、そんなこと考えたこともなかったので、奥さんに感謝感謝です。彼女の母親は、彼女が学生の時に亡くなったので、母の日に何か送る相手がいることが、うれしいみたいです。
さて、ゴールデンウィーク中に伊豆山神社に行ってきたのですが、その際に膝を痛めてしまったことは、このブログにも書かせていただきました。その膝をみてもらった整体師さんに勧められた、歩き方の修正をしているのですが、これが非常に難しく、あきらめたくなる気持ちがわいてきたので、いったんブログに書くことで、整理してみたいと思います。
そもそも、膝通の原因の1つに「歩き方のくせ」がありました。その癖というのが、かかとから着地してしまう、というもの。かかとから着地すると、骨を伝ってダイレクトに膝に衝撃が伝わりやすく、それが重なると膝にくるってわけです。
ということで、解決策としては、かかとからではなく、足の前側のほうで着地するようにすればいいわけですが、実際にやってみると、これが非常に困難でした。なぜか?歩くという動作は、意識してやっているわけではなく、完全に無意識で行っている動作だからです。左足を出して、次に右足出して、同時に腕をふって、などという一連の動作の1つ1つは、「歩く」という大きなくくりで、一括で行われています。だからこそ、着地する時に足をどこからついているのか、普段は全然意識していないわけで、そこを意図的に変えようとすると、一歩一歩を意識して歩かないとならなくなります。
この「一歩一歩を意識」が極めて難しいということに、今回初めて気が付いたわけです。ちょっと気を抜くと、以前の歩き方に自動的に戻ってしまうのです、悲しいことに。昨日も1万歩近く歩いてきましたが、その半分くらいは、以前に歩き方になっていた可能性があります。歩くといっても、車や自転車、他の歩行者、信号のことなど、様々な状況を考慮に入れながら歩いているわけで、歩き方にまで十分意識を避けない場合も多いというのは、なんとなくおわかりいただけると思います。
まぁ、それでも意識すれば、足裏の前のほうから着地することはできるのですが、また別の問題が出てきました。なんと、着地する場所付近の足の裏が、痛くなってきたのです。今まであまり体重を乗せてこなかったところなので、当然なのかもしれませんが、この痛みは厄介です。人は、痛みを避けようとしてしまうからです。理論的には、この痛みを感じている箇所が、次第に固くなっていき、体重を支えるのにふさわしくなっていくはずです。ただ、それまでの時間は耐えるしかないっていうのが地獄ですね。
それにしても、自分の身体を、自分が思ったとおりに動かすというのが、実は結構難しいということを、この年になって実感しています。先日、右手をケガしたときも、左手でお箸を操ることが出来なかったし、ほんと、自分のことだけでも、ままならないものですね。そう考えると、アスリートってマジですごい、尊敬しちゃいます。そして、人生って思った通りにいかないことが、本当に多いんだなと。そして、上手くいったときは、ちゃんと喜ぼうと、思えたのが今日の気づきでした。
では、今日も歩いてきます!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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